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保育の特徴

意欲と考える力を育てる

人間の中心をつかさどるのは知性です。
豊かな人間性は豊かな知性によって支えられます。もちろん情操や道徳性も知性のはたらきによるものです。
教育の目的は「人格の完成を目指す」ことです。
教育とは、豊かで、しかも、真理を極め正義を愛する知性の育成に努めるものでなければなりません。

意欲を育てる

プラスの刺激の中で育てるのが子育ての鉄則です。
プラスの刺激とは『愛される』、『可愛がられる』はもちろんのこと『面白い』、『楽しい』、『嬉しい』、『なんだろうな』『やってみたい』と思える刺激のことを言います。
そのために広場は、子供が好きなもの、楽しいもの、挑戦してみようという気持ちを起こさせるものを集めました。
教師の指示に従ってではなく子供が主体で遊ぶ環境が整っています。だから意欲的な子供に育ちます。

タングラム

9月~10月にかけて全園を上げて行うパズル、タングラム遊び。 強制ではなく自由遊びの中で行います。得意な子供に引っ張られて熱狂的なブームになります。「アッ分かった」という体験を沢山します。
この経験がある子は高学年になって勉強が難しくなってもあきらめずに頑張りぬきます。

SI遊び

今回はSI遊びに取り組む教師の視点を書いてみました。

はじめに

人生の入りロに立ったばかりの子供達は、この世界をいつも新鮮なもの、心動かされるものとして受け止めていく。後を振り返ることを知らない子供達は、全てを前向きに肯定的にとらえようとする。 彼らの大好きな動物は、ソウ、キリン、ライオンであり、好きな言葉は「またあした!」である。それは大きくなりたい、強くなりたい、という成長への願望であり、ゆるぎない生への意志、未来への期待感でもある。何かに熱中している時の子供の姿は、生き生きとして気迫に満ちている。子供達のその一心不乱な姿に多くの教師や保育者は幾度となく感動し、勇気づけられて来た。 保育という仕事は「自己創出力」とでも言うべき燃え立ついのちと日々向いあい、響き合う喜びに他ならない。 そして今日一日を思いきり遊んだ。心踊った。考えた。工夫した。昨日より成長した。できるようになった。みんなと一緒にやれた。そうしたよろこびを日々子供達に与えてあげるのが保育者の務めでもある。

人間は皆、ひとり一人違う。世界中の六七億人の人が、一人として同じ指紋を持っていないという不思議さ。その独自性こそがいのちの尊厳であり、人間の価値といえる。だからこそ一度しかない人生を、自分らしく輝かしたい。立ちはだかる壁から逃げない強い心を持ちたい。と同時に人間は一人では生きていけない。自立は孤立ではない。他者に上手に迷惑をかけあいながら「おたがいさま」「おかげさま」の心で人は生きている。人と協力して生きていく姿勢を身につけながら、人の役に立てたという実感を持てたらきっと生きることは大きな喜びになるはずである。

命の重さをどう子供達に伝えていくか、それは、一人ひとりの命を畏敬の念で包んであげることである。人間は自分が大事にされて初めて人を大事に出来るのではないか。 教育は生命の伝承である。確かな未来を子供達に手渡しするために、私たち保育者が教師が今一度子供達の立場に立って、どういうメッセージを子供に伝えるべきか、『SIあそび』という教育活動を通してそのことを考えてみたい。

SI遊びとは?

『S1あそび』は子供ひとり一人の考える力を引き出し、伸ばすことを目的とする活動である。
創造性教育の先駆者といわれるJ.P.ギルフォード(南カリフォルニア大学名誉教授元仝米心理学会会長)の提唱する知能構造論(Structure of Intellect)に基づく教育活動で、「SI理論」の「SI」をとって『SIあそび』という。この課題活動は30年にわたって幼稚園保育園の現場で実践されてきた。ギルフォードは「知能とはいろいろな情報の種類をさまざまなやり方で巧みに処理していく数多い能力の集合体である」と知能を定義している。とりわけ、知能のはたらきの中に「拡散思考」という発想力や連想力、柔軟性、独創性といった創造的思考力が含まれその育成を重視した点は画期的で斬新な知能観である。

「SI理論」に即してひとつひとつの知能因子を刺激することを通して知能という器を広く大きく柔軟に育てていこうとするこの教育は、その指導(子供との関わり方)においても当然のことながら、いわゆる「教師主導」ではなく「子供主体型」の保育を目指さなければならない。

気づく力・考える力を引き出すために

毎時の実践に際しては、以下の点に留意しながら指導に当りたい。

1 常に子供を勇気づけること・子供に否定的批判をしたり圧力を加えないこと

課題を「おもしろそう」とひとり一人の子供がとらえると、「やってみたい」という意欲がわき、それが集中の持続になる。やってみて「おもしろかった」と子供が感じると「考えることは楽しい」という学習への前向きの心構えが知らず知らずにできていく。熱中体験の深さが学習に必要な「注意の集中」と「集中の持続力」をつくり、また子供の「自己抑制力」を育てることにもなる。
子供ひとり一人が活動を楽しめるような雰囲気づくりにまず教師は務める。

2 子供に代わって問題解決しないこと

私たちが生きていく上で、自分の思うようにならない場面や状況に直面することは無数にある。子供の発達を促すためには、ひとり一人の子供が「壁」と向き合い「壁」から逃げずに「壁」を乗り越える体験を持たなければならない。
脳科学的観点からみると「難問題に直面した時にすぐに逃げないで、少しでも自分の脳を使って考えてみる」ことが脳のはたらきをよくする(高木貞孝『脳を育てる』岩波新書)のである。思うようにいかないことと格闘しているうちに問題が解けた時のよろこびは格別のものがあり、それはひとり一人の心に内面化され、やがて大きな自信になっていく。
この葛藤を乗り越える体験をさせることが、『SIあそび』の目的でもあるので、教師はなるべく子供にまかせ、課題から逃げない姿勢をはげましてあげなければならない。それは「できた」「できない」という結果に注目するのではなく、各々が一生懸命考えている姿勢や過程に注目することに他ならない。
例えばサイコロを組み立てるとか工作的課題などの場合、子供が「できない」とか「やって」と言ってきた時に、安易に手を貸してやってあげると、多くの子どもたちが「ぼくにも手伝って」と言ってきたり、壁にぶつかるとすぐ「やって」と言って、教師に依存してくるようになる。そういう時は、あくまでも子供にまかせて、「なんとか工夫してほしい」とか、「なんとか考えてほしい」「きっと上手く解決できると思う」という教師の願いを伝えて、子供自身が自力解決できるように勇気づけたい。
そのためにも課題にとりくんでいる子供たち全員に「みんなが一生懸命取り組んでいるのでとてもうれしい」といったように過程に注目することばをいつも意識的にかけていきたい。

3 結果ではなく過程を重視する

幼児に関わる者は親であれ教師であれ、最も心すべき点は、「できた」「できない」「早い」「遅い」「たくさん」「少ない」など子どもの行動を結果や他者との比較でとらえないことである。
幼児は知識と技術が伴わないので失敗ばかりする。この失敗をたくさん経験することが、やがてものごとをしっかり自分の頭で判断できる子どもになっていく礎になる。
ひとり一人の能力の可能性を引き出し開花させることが教育の目的だとするならば、子供のあらゆる活動は活動そのものが意味あるものと考えなければならない。
『SIあそび』では子供が課題を完成させることや全問正解を出すことではなく、いかに課題に取り組み熱申したかが教師の関心事であって、結果(できたできない)に重点を置かない。結果は一切問わない姿勢が大切である。

4 競争原理ではなく協力原理でクラスをマネージメントする

私たちは否応なく競争社会の申に生きている。競争に打ち勝つことが、人生の目的であるかのように幼児期から「勝て、負けるな、失敗するな」という観念を注入されている。
学ぶことは本来人間だけが持っているよろこびである。それがいつの間にか人に勝つための手段になってしまった。
ひとり一人の考える力を育てることがこの教育の目的であって、子どもに序列をつけることや他者より優れている子どもを育てることが目的であっては断じてならない。
「○○ちゃんはこんなにできたよ」とか「○○ちゃんのようにがんばろう」と個人名を挙げてほめたり、子供同士を競わせたり、グループ間の競争をあおったりする行為は『SIあそび』の時間だけは厳に慎みたい。

5 ひとり一人のペースを大事にして画一的方法や一斉的方法を極力とらないこと

課題を解決する力や、課題に取り組む作業の進行状況はひとり一人異なっている。生まれ月や生活体験の違いによっても大きな差が生じてくる。生命の一番大きな特徴は一人として同じ人間はいないことにあるといわれるように「みんな違っている」のである。生年月日にしても4月生まれと3月生まれが一緒のクラスに机を並べている。そうしたひとり一人の違いを前提にした時に、指導のあり方も当然ひとり一人の違いに即応した方法を取らざるを得ない。
そのためには、作業の早い子を待たさずに、次の課題へと進むように促す。作業の遅い子には、自分のペースでじっくり取り組んでいていいことを知らせる。教師は極力机間巡視を控えて、教卓の前に立ち、子供達ひとり一人が自分で気づいて行動できるような「しくみ」をつくらなければならない。こども達から送られてくるサインをしっかりととらえて、黒板に掲示したシートやカードを教師が指でさし示して、次の課題に取り組むことを暗黙の中に知らせる。
子供は好奇心のかたまりなので、課題のおもしろさに魅かれて次から次へと課題に挑戦していく。文字通り「おもしろい」から「やりたく」なるのであり、自分のペースが尊重されているという安心感がじっくり課題に取り組む姿勢を育てていくのである。
指導書に「発展」とあるのは、作業を早く終えた子供に更に取り組んでもらうためのものであって全員が「発展」に取り組むのではない。本時の予定された課題が終わっても終了の時間が告げられるまで発展教材に取り組み、思考活動を持続させるのである。

6・始めと終わりのけじめをつける

『SIあそび』は課題活動である。いかにひとり一人の子どもが意欲的に課題に取り組み集中の持続ができるようにするかが教師の任務である。そのためには、子供が集中できるしかけやはたらきかけが重要になる。 集中の持続を可能にするためには…

  • 課題そのものが子どもにとって「おもしろい」こと、興味をそそるものであること。
  • 課題のねらい(目的)がひとり一人の子どもに理解できること。
  • 外であそぶ時は徹底してあそぶ。課題活動の時は徹底して集中する、という「めりはり」がクラスの仕組みとして出来ていること。
  • 師と子どもの間に人間関係、信頼関係ができていること。

などが前提条件となる。
特にクラスのしくみという点で「SIあそび」の始めと終わりのけじめがしっかりついていることが肝要である。「SIあそび」の時間は課題開始前に「よろしくお願いします」のあいさつを交わし、終了時に「ありがとうございました」のあいさつで終わるようにすると、始めと終わりのけじめがしっかりついて子どもたちの集中度がかなりアップする。また前述したように課題を終えたら各自がめいめい終了するのではなく、年少40~50分、年中50分、年長50分と予定された時間までは全員が取り組み、終了時は一斉に終わるようなしくみにすると競争心や早く終わろうとする気持ちの子どもが少なくなって各自のペースであそびを楽しむことができる。

7 自発性を引き出す

あらゆる学習は学ぼうとする者がその気になって初めて成り立つ。課題に取り組もうとする意欲や気力、あるいは集中を持続する力を勇気というが、教師は常に子どもを勇気づけていかなければならない。特に次のような「ことばがけ」を子供たちにかけるようにしたい。

命令語をなるべく使わないようにする。

「のりを取りに行きなさい」「のりで貼りなさい」あるいは「貼ってください」などのことばがけは、子どもに主体的選択の余地がなく行動を支配されることばがけである。命令や指図することばがけが日常化すると、子供はいつの間にか受け身になってしまう。あるいは「先生貼っていいですか」と教師の指示を待つようになってしまう。
「のりで貼ることにしましょうか」など提案的な言い方にすると、子供は「うん、貼ろう」と自発的にのりを取りに行く。子供たちの気づく力を育てるためにも、子供の主体性にはたらきかけるような言い方が望ましい。

容認的にことばをかける

黒板板に掲示した教師用のカードやシートを指さして、「先生のように机の上に置きなさい」と指示的に指図するよりも、「みんな先生が置いたように置いてくれましたね」「よく気がつきましたね」と受容的、容認的にことばをかけると、気づく力が出てくる。自分の行動がまず受容され容認されたことで子供たちは安心感を持つようになる。
夏の日射しの暑い園庭に帽子をかぶって出かけていく子供と帽子をかぶらずに出かけていく子どもがいる時に「帽子をかぶっていますね。よく気がつきましたね」と言ってあげると、かぶらなかった子供があわてて戻って来る。ひとり一人に「○○ちゃんかぶりなさい」と指図していたのでは、いつまでも子供の気づく力は引き出せない。「先生の方を向きなさい」ということばがけより、「みんな先生の方を向いてくれましたね。ありがとう」ということばかけで、全員教師の方に顔を向けてくれる。
注意したり、叱責して注意力を喚起するより、受容のことばがけは子どもの心の中にありのまままの自分が受容されているという安心感がわいて、それが自立心や自律心を促すといってよい。

止句「ダメ」「イケマセン」を用いずに協力をお願いする

課題に集中できずに、フラフラと教室を歩き回ったり、教室から出て行ってしまう子供を時々見かける。こういう時に、教師はよく「○○ちゃん座っていなさい」とか「出て行ってはダメ」とか「イケマセン」という言葉で制止してしまうことが多い。「がんばって最後までやりなさい」という言葉もよく用いられる。
これらの言葉は言外に「あなたは途中であきらめてしまう根気のない子」というメッセージを含む。あるいは、「みんなのように頑張れない自分はダメな子、悪い子である」という罪悪感や劣等感を子供に抱かせてしまう。勝手に手を洗いに教室の外に出て行こうとする場合などに「(課題が)終わってから手を洗おうか」とか「終わってからにしてほしい」「終わってからにしてくれるとうれしい」と言った言葉がけで、課題に取り組んでもらうように協力をお願いすると、子供は叱られたという感覚を持たず、自尊感情を傷つけられることなく、教師の言葉を受け止め、受け容れることが出来る。
このように「~してくれるとありかたい」「~してくれるとうれしい」「助かる」など協力をお願いする言葉(依頼語)を用いると、「ダメ」「イケマセン」のような否定語と違って子供の心に自立性が芽生え、協力し助け合うという姿勢が出来てくる。そして教師の要求や要請に子どもが従ってくれた時は、必ず「ありがとう」ということばをかけてあげると、子供は協力することに一層積極的になる。

8 子供達の貢獣感に注目していつも肯定的ことばをかける

子供達が教師の話を静かに聞いているとか、紙芝居を食い入るように観ているとか、床の上のゴミを拾ってゴミ箱に捨てに行くとか、日常の保育の中でのごく当たり前だと思える行動や活動を「共同体への貢献」という。クラスという共同体に貢献しているという意味である。
私たちは、こうした行動を当然のこととしてとらえ、逸脱した行動、例えば隣の子とおしゃべりをするとか、席を立つとか、といった子どもの不適切と思われる行動にばかり注目して、「おロにチャック」とか「静かにしなさい」と注意したり叱責したりする。
そうではなくて、できてあたりまえだと思う行動に着目して、「みんな静かにお話を聞いてくれてありがとう」とか「静かにお話を聞いてくれているのでとってもうれしいです」といった言葉をかける(これを適切な行動に肯定的注目をするという)とクラス全体が教師や仲間と協力しあうしくみができて来る。
当り前だと思うことに「ありがとう」「うれしい」という言葉をその都度かけていくことを努力したい。